2023年11月17日金曜日

 雨のち晴れの金曜日。
 『善の研究』読書会をして今日も一段落だけ進む。先行研究で述べられている意見についてどう思うかとか話しているうちに時間が経った。
 麻雀の哲学をすると言っている若者が麻雀の本をたくさん抱えて「麻雀の哲学をやりますよ!これが一次文献です」と言っていた。やる気らしい。僕も誘われたけれど、ゲームの才能はすべて弟に譲ったので(彼は将棋指しである)と述べて辞退した。
 僕もいつかできるようになったら『物語を経験する:小説を楽しむことについて』みたいな物語経験の構造論みたいなことでもしてみようか。でもたぶんこれ、人によって千差万別で形にならんような気がするんよね。テキストを正確に読んで解釈するという文学や批評の範疇とはまた少し異なる話で、これは読者それぞれがテキストを踏まえてどのように想像力を駆動して楽しむかという問題。想像力によってどのような像がその人の意識に建てられているのか、これは人によって全然違うような気がする。その人の身体の特性や人生遍歴、物語経験歴によっても大きく変わるだろうし。
 同様に勉強という作業も、同じことをしているようで、その内実は全然違うような気はしている。表面上は例えば本を読んだり、問題を解いたりしているので同じなのだけれど、そこで得られた/与えられた情報を個々人が処理あるいは対処するプロセスは個々人によって全然違うはず。しかしこういうのはあまり言語化されていないように思う。どこかの分野で研究されているのだろうか。
 ふと見たら靴が破れていた。買い替え時だ。ということで靴を買いに行ったらいつも買っているものが廃番でなかった。うーむ。気がついたら向かいの本屋で梨木香歩『炉辺の風おと』を買って帰っていた。また衣服を買いに行ったのに本だけ買って帰ってしまった。