『Genesis この光が落ちないように』

 東京創元社のSFアンソロジーGenesis』シリーズの第5集『Genesis この光が落ちないように』を読みました。全集完走。面白かったです。
 八島游舷「天駆せよ法勝寺[長編版]序章 応信せよ尊勝寺」は佛理学が存在する世界でのスチームパンクならぬ佛パンクの快作。ストーリーがわりと定番ものになっていて、それは一般的には欠点になり得るのですが、しかしこの作品に限れば、斬新な佛理学という設定へのハードルを軽減するものとして効果的になっているでしょう。本作は序章とのことで、本格仏教SFとして長編版の出版が期待されます。
 宮澤伊織「ときときチャンネル#3【家の外なくしてみた】」は『Genesis』シリーズ読者にはお馴染みゆるゆるyoutube配信系本格SF。お気楽に面白く本格派。家の外が消滅してどこまでも家が広がっていく中で、お気楽にSFな冒険が展開する。この作品は気楽に本格なSFが読めるものとして工夫されているので楽しく読めます。
 菊石まれほ「この光が落ちないように」はわりと既視感のある設定の組合わせできれいにまとまった一作。タイトルがよくて、そして作中でうまく回収されています。
 水見稜「星から来た宴」は『Genesis』の第二集で30年ぶりのカムバックを果たしたベテランによる静けさの中に音楽の宴が映えるお仕事系終末SF。文明崩壊後の終末系SFは多いですが、これには最近の作品にはない80年代の香りを残した端正な落ち着きがあります。この作品ではAIと生き物の対比を音楽によって示していますが、今後のAIの発展はこの作品の見え方を変えていくかもしれません
 空木春宵「さよならも言えない」は実力のある若手によるファッションSF。服装と規範、そしてあらゆるものの数値化という規律の問題を背景装置として、ある種テンプレ的なストーリーを広げた上でさらにひねりを加えています。全体的に面白いのだけれど、やや型にはまり過ぎかなとは思います。またファッションについての描写がやや薄くてイマイチ具体的に把握できない点は少しもったいないです。とはいえ読み終わったあとに残るもの悲しさは鋭く、空木さんが腕の良い小説家であることは間違いないです。
 笹原千波「風になるにはまだ」は第十三回創元SF短編賞受賞作品。受賞も納得のすばらしい作品。衣服、色彩、仮想空間の情報と身体感覚、アイデンティティや自尊心、そして死といったテーマが作品独特のSF設定によって非常に巧みに描かれています。この作品は「あたし」で語る21歳大学生の肉体を持った女性と「わたし」で語る42歳ウェブデザイナーの肉体を捨てた情報人格の女性が交互に語り手となって、「わたし」が「あたし」の身体感覚を借りるサービスを利用して「わたし」の女子大の同級生同士の「**式」に参加する半日を描いた小説です。肉体を持つ若者と肉体を捨てた中年による一つの身体と二つの人格のコントラストがなす違和感によってそれぞれの抱える現実・困難・感情が繊細に描かれていきます。本作は小説のためのSFで、SFとしての設定を活かすことによって小説でしか描けないものを繊細に表現していると言えるでしょう。「わたし」と「あたし」をはじめ登場する女性たちは巧みに書き分けられています。このように全体的にすばらしいのですが、やはりテーマを十分に描き切ったうえで最後の場面をそこにした点は特に良かったと思います。美しい幕切れです。良いものを読ませていただきました。

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