高野文子『ドミトリーともきんす』

 高野文子『ドミトリーともきんす』を読みました。シンプルで何でもないようで、しかし完璧な一冊でした。高野さんは自然科学の本に感じた「涼しい風」を漫画で表現するために工夫を凝らされたそうですが、これは漫画の新しい表現に至っています。気持ちを込めずに製図用のペンで描いたとのことで、とても静かで豊かです。静かさに徹する工夫としては、寮母のとも子さんが読者に語りかけているコマで、とも子さんの口がしばしば閉じていることも挙げられるでしょう。一般的にはキャラクターが発話しているのに口を閉じていたら違和感のあるコマになってしまうはずなのですが、これでうまくいくのは高野さんの絵と話運びの上手さゆえ。すごいですね。すごいとしか言いようがない。一点目を引くのは寮母のとも子さんと娘のきん子ちゃんの二人で寮を経営しているという設定で、お父さんは出てこないし言及もされないこと。本作の静かな漫画の成立には夫婦関係の描写を退けるのがベターだったのでしょうか。母と幼ない娘と学生という関係性で「母性」をベースに置くことで科学的な静かさを表現する語り口を可能にしたということなのでしょうか。そうだとすれば、なぜ「母性」は静かな語りを可能にするのしょうか。高野さんの漫画は様々な方向に思索を刺激してくれます。こういうものは古典になっていくのでしょうね。

www.chuko.co.jp