2023年8月1日火曜日

 晴れの火曜日。引き続き暑い。
 頭の回転が早すぎて文章が壊れている人のことはよくわからなかった。やっと仮説が思いついた。言語の論理で考えてはれへんのやないか。
 僕はたいていの場合、言葉を用いて物事を考えているから、頭を使えば使うほど文章はどんどん整っていくものだと思っていた。頭を使うとは、言語の論理によって形を整えながらこの世界を記述し、そしてこれからの世界を描いていくことだった。そして世界と言語の間で調停がつかないときは世界を優先し、言語に破格を生じさせる(破格の瞬間は楽しい)。しかしこれは僕のやり方で会って、そうではない人がいるのではないか。言語とは別の仕方で、言語を用いた場合よりも速く思考する。それは言語とは別の論理なので、言語の論理との間には差異がある。それを言語に無理やり落とし込もうとして、言語の方が破損するという場合があるのではないか。これは詩のことではない。詩は既存の言語では表現できない世界の有り様を記述するために新しい言語を作る。言語を壊すのではなく拡張する営みだ。僕が考えているのは既存の言語を使って整理・記述することで十分に対応可能な場面で、しばしば大規模な添削の必要な大きく破損した文章が書かれることについてである。まあ実際のところどないなってんのかは、僕には何もわからへんのやけど。
 アポの時間にうかがったけれどいらっしゃらないと困っている人に助けを求められる。あらあら。エアコンの効いている部屋で待っていただいて、僕も少し探して見るも、いらっしゃらない。「すみません、ちょっと探してみたんですけどいはれへんみたいで」と言いながら戻ると「体調不良で家で寝てはるて連絡がきましたわ」とのこと。あらまあ。お大事に。
 2-3か月前に頼まれて書いたごく短い文章が良かったとコメントをいただいたのだけれど、何を書いたのかほとんど思い出せない。取り出して見返したら何かこっぱずかしかった。やだやだ
 今夜は月がきれいだ。大きくて輝いている。