『現代短歌パスポート:シュガーしらしら号』

 現代短歌の歌人の作品を集めたアンソロジー。意外なほどサクッと読んでしまった。良かったです。おすすめ
 千種
創一「White Train」は千種さんらしいはかなく繊細で諦念の漂う連作で美しい。最後の1つ前「一巡したらこの席でまた会えるからそんなに悲しまないで ジョバンニ」で『銀河鉄道の夜』を導入しながら永劫回帰を織り込み連作に宇宙的広がりと宗教性を導入していていいなと思う。そのうえで最後に置かれた「聖句の書かれた栞を挟む ここまで来れたよ、引き返さない みて」はドラマチックで、こういうのは好き。堂園昌彦「春は水さえとろけさせる」は陽光を浴びる春の風景に死と喪を詠む連作で、そのギャップがすごくいい。「春の廃屋その内側に闇をはらみときおり思い出す喪の会話」の陰鬱さとかとても好き。谷川電話「夢を縫う、たき火を保つ」は現実と夢の間で揺れ動く連作で「薄紙を重ねたようなてのひらを夢のうつつのたき火へむける」「牛乳は鍋に煮えつつこの世という余白にきみの似顔絵を描く」「カップへと注ぐミルクの一筋を生活の背骨と思うほど」などは端正で好き。初谷むい「天国紀行」はポジティブな恋愛短歌で、「また会おう。遠くに行ってもだいじょうぶ。道ってそういうふうにできてる。」の言いきりや「たったいま、こころは捲れて走り出す 雪風あきれるほど吹いている」の勢いが好き。この「たったいま」の歌で歌集全体も締めくくられるから、読者は前向きに本を閉じることができる
 谷
川電話、菊竹胡乃美、初谷むい作品にはいずれもぬいぐるみについての歌がある。谷川さんが「生活は才能に負けないことをテディベアの背を縫いながら言う」と「ぬいぐるみを抱いて夜道を走るのに理由も結末もないんだぜ」、菊竹さんが「励ましてくれる人のハゲが進んでいる 誰も心に火のぬいぐるみ」、初谷さんが「おふとんから出られないまま土曜日終了ぬいぐるみもこちらを見ています
 完
全な他者ではなく、しかし純粋に自己でもない中途半端な存在としてぬいぐるみはある。初谷さんのぬいぐるみにはお布団で土曜日をすごした自己を客観視する自己が憑依している。このぬいぐるみがどのようなまなざしをしていると受け取るか、そこは読者次第だろう。ぬいぐるみは家で私たちの生活を見ている。持ち主の生活を見つめてきたテディベアの背中を縫いながら生活は才能に負けないことを言う谷川さんの作品には重みがある。ぬいぐるみは生活を見つめ、支える。厳しい現実を生きる私たちは、菊竹さんが詠むように「誰も心に火のぬいぐるみ」を持つだろう。不明瞭で厳しい現実を完全な他者ではなく、しかし純粋に自己でもない中途半端な存在であるぬいぐるみと共に生きる。それが現実のぬいぐるみであれ、心の中の火のぬいぐるみであれ。谷川さんが詠んだようにそこには「理由も結末もない」し、「理由も結末もない」。しかしだからこそぬいぐるみが必要なのだ。

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